「私と日本SF作家クラブ」横田順彌

パーティの席で歓談する私(右)と小松左京さん

私が日本SF作家クラブに入会を認められたのは、1979年のことだと記憶している。鏡明や堀晃たちと一緒に、熱海の旅館で開かれた総会に招かれた。特別、変わった試験のようなものはなかったが、二日目に筒井康隆さんに、ひとりずつ別室によばれ、「入会を許可します」といわれた。その時、不許可になった者はいなかったと思う。

そして、早くも翌年「横田順彌を励ます会」を開いていただいた。編集者や出版関係者が、たくさん集まって下さり「これがヨコジュンこと横田順彌です。みなさん、どうぞ、よろしく、隅から隅までずいっーと、お願い申しあげ奉りまーす!」と、矢野徹さんが披露して下さった。これで私は、押されれば倒れるが立派なSF作家になれたのであった。

それからは、先輩諸氏にかわいがられたが、なかでも目をかけて下さったのは、2011年に宇宙に旅立たれた小松左京さんだった。本当に家族どうようの扱いをしていただき、お二人のご子息と四人で食事をいただいたのも数知れない。

役職は、1991年に、カナダに逃げてしまった山田正紀氏のあとをついで第10代事務局長をつとめた。会長にという声もあったが、なんだかんだと、できない理由を述べているうちに川又千秋氏が、引き受けてくれた。助かった。

なお、40年史によると、いわゆる「SF冬のソナタ問題」の時、私が永井豪氏に発言を止められ、怒って三年も口をきいてもらえなかったと書かれているが、これは、たまたま話す機会がなかったので、怒っていたわけではない。でも、そう思わせてしまった私に非があることは確かだ。永井氏に、この場をお借りしてお詫びする。すいません、永井さん。

そろそろ、物故会員が近づいているが、それまでは、仲良くやりたい。どうぞ、よろしく。