「邂逅一九七三年」宮野由梨香

輝く西日を背景に一人の少女が立っていた。少女はフワフワした髪を耳の後ろで二つに束ね、細いヘアピンでほつれ毛をおさえていた。メープル・シロップ色の虹彩と、それに似つかわしいどこか遠くを見つめるような不思議なまなざしが、私の心をとらえた。
「トリトンに関するもの、いろいろ持ってきました。入っていいですか?」
陽光に透けて、少女の輪郭は金色だった。ふわりと薄物のスカートが揺れた。

「これは、鉛筆。トリトン2種類、ピピが1種類あります。消しゴム。サインペンのセット。あと、シールです。あまり似ていませんけどね。絵本は『うたの絵本』と『氷のまじん・ミノ―タス』、それから、これが紙芝居です」
同級生から「トリトンが好きな、隣の家のおねえさん」として紹介された彼女のコレクションは、とても充実していた。
テレビアニメ『海のトリトン』の初放映は一九七二年だった。その時、小学校六年生だった私は、中学生になっても、『海のトリトン』に夢中だった。
一学期末も間近い土曜日の午後、中学校の校舎三階の美術室で絵を描いていたら、彼女は非常階段からやってきた。

コレクションを一通り見せ終わった彼女は、私の描きかけの絵を見て、こう言った。
「『巨獣バキューラの追撃』ね」
私は驚いた。描いた絵には、海も、トリトンの姿もなかった。
「まるであの世のように乾いている。......そういうのは、あの回だけよね」
彼女は小さく笑った。

「あ、そうだ! 塩谷翼の資料も持ってきました」
彼女は鞄の中を探った。塩谷翼とは、トリトン役の声優である。
「あ、それはいいです。興味ないです」
「どうして?」
「だって、『海のトリトン』というものに関係あるとは思えないから...」
作品の内部にしか興味ない。そういった意味のことを、私は言った。
「あのね、たいていの男の子の声って、大人の女の人がやっているって知っている?」
「......そうなんですか?」
中一の私には、そういった知識はいっさいなかった。
「でも、この作品はそうじゃない。トリトンと同じ年齢くらいの少年がやっているの。どうして、そのようにしたのか。それは作った人の意識と関係あるわ。それに、そのことが、この作品を独特なものにしていることは、確実だわ。そういうことで、意味があるのよ」
中三の少女の言葉に、中一の少女はただ瞠目した。

「この雑誌の読者欄にも、トリトンのことを書いている人がいるわ。...ほら、これ」
あらすじでも感想でもない、作品に関する言葉がそこには記されていた。
「これ、写させて下さい」
「いいけど......、貸してあげるわ。また会えるでしょう?」
「じゃ、今度会う時まで、お借りします!」
彼女は来た時と同じく、非常階段から去っていった。

彼女が貸してくれた雑誌は、中一の少女が読むにはそぐわない、あるいはまことに中一の少女が読むにふさわしいものだった。
〈SFマガジン〉と、こうして私は出会ったのだった。