「SF作家クラブ創立50周年 私と日本SF作家クラブ」牧眞司

ぼくが入会したのは21世紀になるかならないか、日本SF作家クラブがこぢんまりした"仲良しグループ"から、職能団体としての色合いを強めて以降、あるいはその過程で、会員数がだいぶ増えつつあった時期だ。"仲良しグループ"はちょっと溶けこみづらいなあと、小学生時代に何度も転校したぼくは危惧したのだが、どうやら大人数に紛ればよさそうで胸を撫でおろした。ぼくとは人柄(と度量)のちがう柴野拓美さんは、「"仲良しグループ"だっていうから入りたい(仲間はずれにされたくない)のであって、職能団体だったら別に入らなくても困らない」と仰っていた。なんでそんなことを覚えているかと言えば、SFファンの仲間たちと〈宇宙塵〉(日本最初のSF同人組織、柴野さんが主宰)の40年史をつくるため、柴野さんにインタビューしていたときにその話題が出て、それが『塵も積もれば』(出版芸術社)のかたちにまとまりかけているタイミング(1996年)で柴野さんがSF作家クラブに入会されたからだ。

〈宇宙塵〉40年史もたいへんだったが、SF作家クラブでも40年史をつくることになった。プロジェクト始動がいつからかは知らないが、ぼくに声がかかったのはたしか2004年だと思う。入会間もない下っ端ゆえ御奉公のつもりで……なんて殊勝な気持ちではなく、当時の会長であった山田正紀さんには仕事(〈SF Japan〉での恩田陸さんとの「読書会」企画など)でご一緒させていただいたし、編集メンバーの中核が高橋良平、森下一仁、日下三蔵といった馴染みのひとたちだったので、ファンジンをつくるような気分で参加したのだ。案に相違して『日本SF作家クラブ40年史』の作業は、ファン活動のごとき浮かれた流れではなく、ひじょうに粛々としたものだった。唯一わいわいと楽しかったのは、石川喬司さんの仕事場に日下くんと一緒にうかがって、貴重な証言を傾聴したほか、さまざまな時代にまたがるSF界・出版界の楽屋話に興じたことだ。

それはともかく、SF研究家を看板にしているぼくにとっての収穫は、ふたつの40年史のために調べものをする過程で、近代日本SF史のイメージがまとまってきたことだ。現象面では〈宇宙塵〉発足や〈SFマガジン〉創刊をはじめエポックはいくつもあるのだが、その背景をなす人的ネットワークのありかたが出版企画や作品発表の場、ひいてはSF関係者それぞれの活動の質や傾向にも作用している(もちろん、それは一方的な影響ではなく、個人の創作的資質がどのような人脈になじむかということもある)。たとえば、SF作家クラブの会員外に、広瀬正さんや今日泊亜蘭さんなど重要な存在がいた。

こうしたことはなにも40年前(いや、もはや50年前か)のSF草創期にかぎったことではなかろう。日本SFが拡大・多様化したいま、"仲良しグループ"の求心力・共感だけでは立ちゆかない局面も多い。なにも作家クラブが中心になる必要はないが(そもそも中心という発想こそ捨てるべきだけど)、もっと風通しのよい人的つながりが広がるとよいと思う。