「私と日本SF作家クラブ」礒部剛喜

かなり曖昧な記憶だが、一九八五年三月であることはまちがいない。ぼくは、当時は学生だった翻訳家の山岸真君のアパートの引越しを手伝いにいった。膨大な原書と海外のSF誌の山を運んでいるとき、手に取った古い専門誌を開いたところ、おもしろい写真が眼にはいったぼくは、山岸真君に言った。

「見ろよ。ハーラン・エリスンとレイ・パーマーがいっしょに写ってる。やはり初期のエリスンの小説には、パーマーの強い影響があったのではないか?」パーマーは、かの悪名高い〈シェイヴァー・ミステリ〉騒動の仕掛け人で、ブライアン・オールディスから憎悪されている元〈アメージング・ストーリーズ〉誌編集長である。パーマーこそがUFO現象の発明者だと誤解している人はいまも少なくない。エリスンは、地球外の脅威を描く短編『侵略』を、一九五七年二月の〈アメージング・ストーリーズ〉誌UFO特集号に寄稿していた。

しかし山岸真君は何も答えず、冷たい視線を返すのみである。

「やはり初期のUFO現象学がキャンベル以後のSFに与えた影響は無視できないのじゃないか? ハインラインにしても、『人形つかい』と『宇宙の戦士』に見られる心理戦争を重要視する姿勢は、UFO問題の影響があり、『宇宙の戦士』は彼なりの反戦……」

饒舌に溺れるぼくの背後に、音もなく忍び寄った山岸真君は「何を世迷言を喚いているのかあああああ! 早く荷物を運べ」と、いきなり首を締め上げた(以上は全て実話です。信じない人は信じなくてもいいですが)。……そして二十年後、この時の主張が権威と良識ある人々に暖かく認められたぼくは、晴れて日本SF作家クラブのメンバーになった。

当時は、ことほどさようにUFO現象学とSFとの間には大きな隔たりのあった時代であった。日本大学UFO研究会の最高幹部だったぼくには、このUFOとSFの間には、〈遮蔽する壁〉が聳え立っているかのように思えたものである。

創設当初の日本SF作家クラブは、UFO現象学への理解があった。書き手の側も読み手の側もしだいにUFOから距離をおくようになったが、それは日本SFが〈浸透と拡散〉の時代を迎えたことと無関係ではなかったであろう。

頑迷固陋な懐疑論者の攻撃にもかかわらず、アレン・ハイネックとジャック・ヴァレによって確立された現代UFO現象学は、一個の新しい科学として定着しつつある。それは現代文学の一翼の担うようになった日本SFの方向性と矛盾するものではない。むしろ両者は共生関係にあると言えるかもしれない。誕生以来、一貫して日本SFをリードしてきたクリエーターの集まりである日本SF作家クラブは、これからも現代SFを牽引するパワーであり続けるだろう。故に人類にとって未踏の領域を切り開くUFO現象学が、よりよく理解されることを望んでやまないぼくは、両者をつなぐミディエイターの一人として邁進していく所存である。ああ日本SF作家クラブ、半世紀記念万歳!