「もう50年、まだ50年-私と日本SF作家クラブ-」石川喬司

3・11大震災で東京文京区にあるわが家の仕事場に〈内藤陳状態〉で積み上げてあった本の山(この比喩に筒井康隆は大笑いしてくれました)が総崩れ、おかげで行方不明だったヘソクリとともに、SF作家クラブ創設の集まりの録音テープが見つかりました。

この会合のことは『日本SF作家クラブ40年史・1963-2003』の私へのインタビューや福島正実の『日記-三月X日』にクラブが産声を上げようとした頃の記録として触れられており、あれからもう半世紀に近いのか、と感慨を誘われます。当時は最新機種だったアカイのオープンリールの重いテープレコーダーは早川書房の貴重品でした。地震で崩れた本の山の中からは他にも手塚治虫とのSF談義のテープ(NHKラジオ『一冊の本』)や、私の東大での日本初のSF講義の模様を伝えるテレビニュースの録画(延々10分)、それに半村良が大作『妖精伝』の後半の構想について私の意見を求める長文の手紙(これは半村良ファンが長期刊行している会報『赤い酒場』に掲載されました)なども見つかりました。ヘソクリの方は、やれ嬉しやと女房に悟られないように隠し直したのですが、またまた行方不明になっています。

近頃は毎夜のように小松左京が夢に現れて「NHKやテレビ朝日などで俺のことをぐじゃぐじゃしゃべっていないで、早くこちらへおいでよ。宇宙の謎がいくつも解けて楽しいぜ。『虚無回廊』はあのままでいいんだけどさ」などと誘惑いたします。「それよりも50周年記念誌に巻頭言でも」と注文しようと気がついたときには、あの巨体(巨体-虚体)が消えてしまっているのです......。