「私と日本SF(近過去・現過去・現未来)」天瀬裕康

宇宙潜空艦「回奇」(じつは「大和ミュウジアム」横の「鉄のくじら館」)と筆者

再度のお目見えとでも申しましょうか、半分ほどは、渡辺晋の本名を使っていた頃の古い話になりますが、そんな男もいたのかと思って、なにとぞご寛恕下さい。

子どもの頃から怖い話、不思議な話など、いわばSFの源流を好み、大学時代は変格探偵小説や幻想文学が好きでした。元々社の最新科学小説全集が出た1956年はインターン生で、『SFマガジン』創刊は大学院卒業の直前でした。以後、SFに嵌り込みます。

1964年に「宇宙塵」へ入会し、67年に瀬戸内海SF同好会「イマジニア」を創刊しております。おかげで69年には、日本SFファンダム賞を受賞しました。

1970年8月から9月にかけて、東京・名古屋・関西で行なわれた国際SFシンポジウムは、なんのお手伝いもしていませんが懐かしい記憶で一杯です。10月には科学読物で『SFマガジン』にデビューし、71年3月~72年9月には同誌に連載読物を出させて頂きました。その他二、三、共著などもありましたが、当時の愉しい思い出としては、1970年のNHK広島の正月テレビ番組で都市の未来像を語ったことや、77年5月から78年1月にかけ、紀伊国屋ラジオライブラリーでスペースオペラなどを解説したことです。

1988年4月、天瀬裕康名義で短編集を刊行して以來、天瀬裕康のペンネームを常用していますが、93年には「『新青年』研究会」に入り、翌年は長山靖生さんとご一緒に『小酒井不木』の監修をしました。また、1997年8月の第36回日本SF大会(通称「あきこん」)では、24日に「梶山季之とSF」の講演をさせて頂きました。

渡辺啓助を中心にした「鴉の会」に入ったのは、その少しあとの1999年です。ご存知のように啓助は、第4代日本探偵作家クラブ会長でしたが、「おめがクラブ」会長として『科学小説』を発行するなど、SFのシンパだったのです。

20世紀になってからは、SFからやや離れた小説・ドラマ・俳句などを作って日本ペンクラブに在籍しておりますが、2007年にパシフィコ横浜で開催された第65回世界SF大会に、ちょっとだけでも出席したのは、SFを忘れかねていたからでしょう。

そのせいか縁あって、昨年はじめ当会に入れて頂きました。総会出席はまだ二回ですが、昔馴染のお顔も散見され、なんだか故郷に帰ったような気持ちがしました。

同じ昭和6年生まれの小松左京さんが他界されたのはショックでしたが、気を取り直して方向転換、今後はSFに専念するつもりなので、よろしくお願い申し上げます。