「私と日本SF」 上田早夕里

愛用の懐中時計と万年筆
"愛用の懐中時計と万年筆"

生まれたときから身の回りにSFがあった世代なので、SFの意味や価値に疑問を抱いたことはありません。私にとってSFは在って当たり前のもので、書く人・読む人ごとにイメージは違うのでしょうが、自分が価値を置くSFも、間違いなくSFのひとつの形であり、大きな世界の一部として生き生きと循環している――そういう懐の広さを教えてくれたのが自分にとっての日本SFでした。私たちの世代にとってSFとはことさらに定義づけられるものではなく、すでに血の中に存在するものなのです。

大らかな多様性に満ち、異質なものこそ歓迎し、決して排斥などせず率先して受け入れ、明るさと暗さを表裏一体のものとして考える。歓喜も悲嘆も情熱も諧謔も、すべて等しく愛おしみ、人間を人間であるというだけでなく一個の生物として尊重する。日本SFには、そういう存在であって欲しいと願っています。

七〇年代、ひとりの本好きの子供として日本SFに触れ、感動した日のことがいまでも忘れられません。決して途切れぬ一本の糸で、あの日と今とは確実に繋がっているのだろうと思います。